新人・若手教育について 第10回
■□■ 会社を退社した理由 ■□■
いえね、どうも微妙に勘違いされる方がいらっしゃるようなんで。
間違っちゃいないんだけど、ちょっと違うかな?
アタシは自分が可愛いんで、言い訳を(笑)
確かに、アタシが退社したのは人間関係からのストレスなんですけれども。
嫌になって辞めたのとは、ちょいと違うなぁと。
アタシは躰に出ちゃうんですね。
元々不整脈が出やすいのが関係あるのか、どうかは知りませんが、過呼吸が直接の理由です。
えぇ。
たかが過呼吸。
普通の会社だったら、問題はなかったんでしょうが、舞台照明って高所作業が多いんですよねぇ。
んで、アタシは当時過呼吸とは10年来の付き合いでして。
自分で呼吸の乱れが感じ取れれば、特効薬の紙袋なら簡単に押さえるコトが出来るんですが。
数年のブランクを境に、出方が変わってきちゃいましてね。
敵も然る者引っ掻くモノで御座いました。
敵の強かさはコウ

専門学校の2年間は片手程度しか、発作がありませんでした。
んで、会社に入ってから2年間は大人しかったんです。
が。
3年目に入って(発作が落ち着きだした専学時代から数えると5年目)。
一度起きたら、見事に復活して下さった。
しかも、ヴァージョンアップして(笑)
自分が呼吸の乱れを感じ出す前に、手足が痺れてきたり、眩暈起こして倒れ込んだりとなる状態でした。
コレが問題だった。
一度復活してからは、癖になったかの如く頻繁に起きて下さいましてね。
現場でも数度。
現場に辿り着けなくなるコトも。
で。
この年は1996年です。
愛知県芸術劇場大ホールでブリッジからの転落死亡事故があった年。
会社側としては、会社の為にもアタシの為にも、そんな事故は起きて欲しくない。
ので。
退社というコトになりました。
えっと、なら治療すりゃいいじゃんかって声も、たまにあるんですがね。
試みたことはあるんです。
で、だ。
こっから下は、あんまし明るい話じゃないんで反転しちゃいますわ。
イジメの話が大丈夫な方なら大丈夫かな?
初めての発作は小学6年の時です。
市内の田舎の学校から、町中の学校への近距離転校だったんですが、よくある話で転校早々からイジメにあいまして。
それから中学卒業まで4年間。
我が家は、泣いたら負けだ。何も感じてない振りをして、無視してろって教えだったんです。
なんで、ひたすら4年間我慢。
些細なコトで笑いモノにされようと。
給食の上で雑巾絞られようと。
机を外に出されようと。
教科書汚されようと。
ばい菌扱いなんて当然(笑)
ま、典型的な創造性のないイジメを我慢。
ついでに、先生には何故かクラスを騒がせていると呼び出しを食らう。
コレを我慢すれば、我慢しただけ発作の頻度が高くなる。
医者に行けば、当時はまだ医者が「我が儘病」とか「悲劇のお嬢様になりたい病」だとか当たり前に云ってきました。
そんなで治療なんかがある筈もなく。
初めて、医者に行ったのは東京に復活してから。
バイト先から搬送されて、ソコで紹介されたメンタル・クリニック。
相性が最悪。
次に自分で探したんだけど、矢っ張り相性が悪く。
酷くなる一方で、医者探しが嫌になった。
確かに、全く役に立たなかったわけではないんだけど。
今は、自分を守るべく、一人では外出しない。
フラッシュ・バックがどこで起きるか分かんないんだモノ〜。
フラッシュ・バック起こすとそのまんま発作に繋がるから(笑)
で。
何故に、ここでこの話題か?
どっちかっつーと【Z107M-diary-】向けなんだけど。
人間関係やらのストレスで辞めるのは、逃げるって理由だけじゃないんだよッてコト。
いえね、あんまりにも腹が立って。
アタチ子供だから我慢出来ないの。
TRACK BACK
Trackback URL
| * TrackBackについてお願い * 当blogへのトラックバックは、該当記事へのリンク必須で、お願いいたします。 関連性が無いと判断した場合、削除いたします。 尚、コメント・トラックバックは管理人の認証後の反映となります。 ご了承下さいませ。 |
* HOME *



⇒ 【ひろぽ】 (05/07)
⇒ 月猫 (05/07)
⇒ 【ひろぽ】 (04/28)
⇒ 【ひろぽ】 (04/28)
⇒ 香樹穂 (04/27)
⇒ 月猫 (04/26)
⇒ 【ひろぽ】 (04/09)
⇒ 月猫 (04/09)
⇒ 【ひろぽ】 (04/02)
⇒ 月猫 (04/02)